〜heavenlyhawk55/ inTalk onThe Battle of Last Stand!?w〜

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24歳の若さの突然の訃報に
驚きと悲しみを隠せません・・・・。
私は「何故?」としか今は言葉が言えません。

3代目セーラームーン・
神戸みゆきさん急死


ミュージカル
「美少女戦士セーラームーン」の
3代目セーラームーンとして活躍し、
映画「バトル・ロワイアルII」などにも出演した
女優、神戸みゆきさんが18日午前4時8分、
心不全のため川崎市内の病院で
急死していたことが
20日、分かった。24歳だった。
昨年2月、舞台「レ・ミゼラブル」を
体調不良で降板してから
入退院を繰り返していた神戸さん。
女優のみならず、ファッション関係の
仕事を夢見て回復を信じていたが、
それもかなわなかった。
バラエティーから舞台、
映画と幅広く活躍していた
アイドルが24歳の若さでこの世を去った。

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所属事務所「ルージュ」の
本田正樹社長(45)は、
サンケイスポーツの取材に
「親族に見守られて亡くなりました。
(遺体は)安らかな表情でした」と事実を認め、
「繊細な子で自分をギリギリまで追い込んで、
持っている力以上のものを演技に出せる子だった…」
と突然の訃報に肩を落とした。

神戸さんは昨年2月、
同6月公演の舞台「レ・ミゼラブル」を
体調不良を理由に降板。
川崎市内の病院に検査入院して以降、
入退院を繰り返していた。
ただ、今月9日に東京・渋谷区の
事務所で社長と会った時には
元気な姿を見せていた。

以前から古着をアレンジして
洋服を作るなどファッションへの関心が高く、
9日も
「自分のやりたいことは演技だけじゃなく、
ファッションを写真で表現するような
仕事もしてみたい」と
意欲を燃やしていたという。
だが、今週に入って体調が急変し緊急入院。
親族が見守る中、静かに息を引き取った。

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神戸さんは平成12年上演の
ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」の
オーディションで約500人の中から
主役の月野うさぎ役に選ばれ、芸能界入り。
一躍人気となった。
その後も映画「バトル・ロワイアルII」、
ドラマ「仮面ライダー響鬼」など話題作に出演。
体を張った演技は定評があり、
「レ・ミゼラブル」降板後も製作の東宝から
「体調が良くなったら来てほしい」と
オファーを受けていたという。

また、ある関係者によると、
神戸さんは人を喜ばしたり驚かせるのが好きで、
エープリルフールには「事務所辞めた」などと
ビックリメールを送ってきたことも。
明るいキャラクターで
誰からも親しまれる存在だった。

葬儀は21日、
川崎市内の斎場で近親者のみで執り行われる。

(21日付けサンケイスポーツ記事より)


これからの飛躍が
期待されていた矢先の突然の死・・・
悔やんでも悔やみ切れません・・・。

悲しい話かも知れませんが・・・・。

今はただ安らかに休んで下さい・・・。

心からの哀悼の意を申し上げます。
私自身
突然の訃報は驚きを隠せません。

しかし・・・

体調と健康の重要さを
改めて再認識せざるを得ないと思います。

ウガンダ・トラさん死去…
デブタレの先駆け、糖尿病など悪化


元コミックバンド、
ビジーフォーのドラマーで
巨漢タレント、ウガンダ・トラ
(本名・佐藤信一郎)さんが
5月31日午前5時30分、
都内の病院で死去したことが
1日、分かった。55歳だった。
死因は不明だが、
所属事務所によると、
体重約115キロのウガンダさんが
以前から患っていた糖尿病、
心臓病などの持病が悪化したようだ。

同事務所によると、
足元がおぼつかない状態になったウガンダさんは、
先月10日に入院。
その後も足が思うように動かず、
本人も覚悟を決めていたという。
平成6年に結婚した
15歳年下の悦代さん(40)とは
最近離婚したようで、
最期は実弟に見守られ
静かに息を引き取った。

ウガンダさんは、
ウガンダ共和国のイディ・アミン元大統領と
顔が似ていたことから芸名を付け、
昭和52年に
グッチ裕三(56)、モト冬樹(57)らと
ビジーフォーを結成して人気に。
58年に解散後は、
デブキャラタレントの先駆けとしてソロで活躍。
カレーライスを食べるスピードが速く、
「カレーライスは飲み物」と
答えて笑いをとっていた。

(6月2日付けSANSPO.COM記事より)


巨漢を売りとするタレントは
常に健康面でのリスクを背負っています。
余り良い傾向とは言えません・・・・。

「デブキャラ」花盛り…
医師警告、肥満は万病のもと


昨今の芸能界、
ウガンダさんを源流とする
「デブキャラ」が花盛り。
カワイイ、親しみやすい…というのが
その理由のようだが、
健康面での心配はないのか。
大阪厚生年金病院内科医長の
鈴木夕子医師に聞いた。

「肥満は万病のもとで、
心筋梗塞や脳卒中などの重大疾患、
また睡眠時無呼吸症候群の原因となり、
突然死の危険性が非常に高まります」

鈴木医師によると、
肥満の人が突然死に至る確率は、
標準体重の人の3−5倍というハイリスク。
肥満であることだけで、
つねに死と隣り合わせと
いうことさえできるのだ。

肥満によって引き起こされる
疾患は他にも多いが、
中でも高血圧と糖尿病への
注意を鈴木医師は呼びかける。

「肥満になると、
ただでさえ多い体脂肪が
血管を圧迫する上に、
血中の脂質が多いので
血液がドロドロになって高血圧になる。
また肥満が長期化すると
血糖をコントロールする
インスリンの働きを妨げる
物質の量が増えて、
高血糖の状態が続く。
そうなると
インスリン分泌能力が低下して
糖尿病になるのです」

高脂血症や高血圧は動脈硬化を、
糖尿病は神経障害や腎機能障害を
引き起こし、いずれも放置すれば死を招く。

高度肥満の人の4割が
糖尿病を合併しているとの報告もある。
亡くなったウガンダさんも糖尿病だった。

こうした肥満の危険性を憂慮した
元大関でタレントの
KONISHIKI(44)は
今年2月25日に地元ハワイで
胃の手術を受けている。
胃の入り口を狭める
ガストリックバイパス術と、
その後の節制で300キロあった
体重から70キロの減量に成功している。

食事療法や運動で減量が可能なうちに、
ダイエットに取り組んだ方が良さそうだ。

(6月2日付け夕刊フジ記事より)


昔から

「体は資本」

と良く言います。

芸能界でも同じ事が言えます。

芸能事務所の
関係者の皆様には
所属芸能人の心身の
体調管理を今一度、
全体的に見直しては如何か?と
私は思います。

半年に一度の健康診断とか
定期的なチェックを行う等
予防策はその気に為れば
出来ると私は思います。

同じ事を繰り返さない為にも

「体は資本」

改めて、この言葉の意味を
深く噛締めたいと私は思います。


ウガンダ・トラさんの
ご冥福を心から祈ります・・・。
前・前回、
「小野満とスイング・ビーバーズ」の
バンドマスター小野満さんと
「ダン池田とニューブリード」の
バンドマスターダン池田さんの
相次ぐ訃報を取り上げましたが

(該当記事はこちら)

またしても・・・
ビックバンドジャズの
偉大な先駆者が後を追うように
天界へ旅立ってしまった・・・・。

東京ユニオンの
高橋達也さん死去


東京ユニオンを率いて活躍した
ジャズ・サックス奏者の
高橋達也(たかはし・たつや)さんが、
2月29日午後1時5分、
膵臓(すいぞう)がんのため亡くなった。
76歳だった。

山形県鶴岡市出身。
1950年代初頭に
仙台の米軍キャンプなどで
プロ活動を始めた。その後上京し、
64年にビッグバンドの
東京ユニオンの結成に参加、
2年後にリーダーとなった。

77年のアルバム「北欧組曲」が
海外でも評判となり、
スイスのモントルー、
米国のモンタレーなどの
名門ジャズ祭にも招かれた。
一方でテレビの音楽番組の
伴奏でも活躍した。

89年に心筋梗塞(こうそく)で倒れ、
闘病のために同年、
東京ユニオンを解散。
翌年に復帰後は
ソロ活動を続けていた。

(3月1日付け読売新聞記事より)


これで一世を風靡した
ビックバンドジャズの関係者の
殆んどが鬼籍に入ってしまいました・・・。

寂しいと言うか悲しいと言うか・・・
でも・・・・
足跡を残した記憶と
思い出は色あせる事無く
それぞれの心の中に
永遠に生き続ける事を
私は信じて止みません。

ひとまずは・・・・

お疲れ様でした。

そして心からの感謝を込めて・・・

「素敵な音楽をありがとう」と・・・・。


心からの哀悼の意を申し上げます。

BLOG関連記事
2008・2・22付け記事

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「Old soldiers never die; they just fade away」
(老兵は死なず、ただ消え去るのみ。)
          ダグラス・マッカーサー


戦後のジャズ音楽の先駆けを作り
ビックバンドジャズの基礎を作った
二人の才人が相次いでこの世を
静かに去ってしまった・・・・。

“ひばりの初恋の人”
小野満さん死去…
戦後ジャズブーム立役者


戦後のジャズブームの立役者となり、
美空ひばりさんとの共演で知られたベーシスト、
小野満(おの・みつる)さんが
1月2日に肺炎のため、
東京都八王子市の病院で
死去していたことが
20日、分かった。78歳。

昭和20年に
高校卒業後、ベーシストとして
三木鶏郎スイング・バンドに加入。
中村八大、松本英彦、ジョージ川口の
4人で「ビッグ・フォー」を編成し、
日本にジャズブームを呼び起こした。
その後、ひばりさんの専属バンド
「シックス・ブラザーズ」で活躍。
ひばりさんとは「お嬢」「小野ちん」と
呼び合う仲になり、
“ひばりの初恋の人”と呼ばれ、
31年には婚約説まで流れた。

34年には自身のバンド
「小野満とスイング・ビーバーズ」を結成。
NHK紅白歌合戦の伴奏でもおなじみだった。
ひばりさんが亡くなった平成元年には
サンケイスポーツなどの取材に応え、
婚約説について
「たとえ何があっても、
世間が許さないですよ。
当時としてはね。
今はそうとしか言えません」
などと語り、
最後まで真相は明かさなかった。

葬儀は近親者のみで済ませている。

(21日付けSANSPO.COM記事より)


**************************************

ダン池田さん死去していた…
“夜ヒット”や紅白で伴奏務める


フジテレビの人気音楽番組
「夜のヒットスタジオ」の
伴奏などを務めたダン池田さん
(本名・池田啓介)が、
昨年12月25日、
呼吸不全のため
都内の病院で死去していた
ことが21日、分かった。72歳。

最盛期はレギュラー番組8本を抱えたが、
60年に暴露本を出版。
芸能界から追放され、
寂しい晩年を送っていた。

ダンさんは平成10年に
脳梗塞(こうそく)を患い、
自宅で療養生活を続けていたが、
昨年11月13日に室内で転倒。
頭を打って再入院し、
帰らぬ人となった。

葬儀は妻が喪主を務め、
本人の遺志で近親者のみの密葬で済ませた。

ダンさんは昭和10年ソウル生まれ。
敗戦で両親と共に帰国した。
ダンは、中学時代にフォークダンス
指導員を務め“ダン助”と
呼ばれたことに由来する。

44年にビッグバンド
「ダン池田とニューブリード」を結成。
“夜ヒット”などの人気番組の
専属バンドになり、
NHK紅白歌合戦の紅組伴奏を
13回も担当した。

しかし、60年11月に暴露本
「芸能界本日モ反省ノ色ナシ」を出版。
70万部を売ったが、
芸能界の裏側を実名で書いたため、
追放の形で一線から退かされた。

その後は地方の歌謡大会の伴奏や
審査員などで活動。
表舞台で仕事ができなくなった
こともあり、寂しい晩年を送っていた。
だが、本人は周囲に
「寂しかったこともあるが、
当たり前のことを書いたまでだから」
と漏らし、後悔はしていなかったという。

(22日付けSANSPO.COM記事より)


戦後、ジャズ音楽に魅せられ
ジャズの道に進んだ二人は
共に戦後ジャズ界の旗振り役として
日本のジャズ音楽界を盛り上げ
そして共に日本を代表する
ビックジャズバンドの核と言える
バンドマスターとして私たちを
ジャズ音楽の世界へと導き
大いに楽しませ、同時に
ジャズ音楽の素晴らしさを大衆に伝えた
その功績は計りし得ないと思う。

そして歌謡曲の世界も例外では無く
テレビの音楽番組の伴奏バンドとして
番組を大いに盛り上げたその活躍は
もっと高く評価しても良いと思う。

二人の才人を失っても
日本のジャズ音楽の歩みは常に
前進をし続ける事でしょう・・・。


ジャズ音楽を愛する人達が居る限り。
そして・・・・
ジャズ音楽を志す人達が居る限り。
そして・・・・
ジャズ音楽に魅了される人達が
この世界に存在する限り・・・・・。


感謝を込めて・・・・

お二人様、お疲れ様でした・・・・
そして尊敬と感謝と精一杯の有難うを・・・・。

心からの哀悼の意を申し上げます。


旅ポケドットコム



目出度い話です。
タレントの矢部美穂さんの妹が
結婚との話だそうですね ^^

矢部美穂の妹、美佳が結婚!
来月3日に不動産会社社員と挙式


タレント、矢部美穂(30)の妹で
タレントの美佳(26)が、
結婚することが15日、分かった。

お相手は不動産会社勤務の男性で、
2月3日に都内で挙式披露宴を行う。
グラビアアイドルとして活躍する
三女の美希(23)を含めた
矢部家3姉妹の中では結婚一番乗り。
関係者によると、
式は親族やごく親しい友人らだけで行う予定で、
すでに招待客に案内状が送られている。
参列する美穂も妹の結婚に大喜びしているという。

美佳は河合美佳の芸名で、
平成8年4月にフジテレビ系
「とれたてガバット」で
女子高生リポーターを務め、
芸能界デビュー。
美穂と美人姉妹として注目を集め、
12年には姉妹で全裸の入浴シーンなど
限界ショットに挑戦した
写真集「矢部美穂+美佳『さみっと』」
を発売して話題になった。

女優としても、NHK大河ドラマ
「毛利元就」(9年)などに出演し、
14年にはミュージカル「人魚姫」で
美穂と舞台初共演を実現させた。

しかし、もともと歌手を目指して
芸能界に入ったものの、
9年に矢部美佳名義で
「メランコリックブルー」を
発売したのみだった。
理想と現実のギャップに悩み、
3年前にひそかに芸能界から
引退していたことも、今回の結婚で発覚。
芸能界では大きな夢をつかめなかったが、
私生活では最高の幸せを手に入れた。

(16日付けSANSPO.COM記事より)


芸能界での理想と現実のギャップに悩み
約3年前に静かに芸能活動を引退したそうで
ようやく真の幸せを手に入れたそうです。

心から幸せに為って下さいね。
私からもささやかながら祝福致します。


#17日AM01:20付け追記#

芸能ジャーナリスト
渡邉裕二のギョウカイヘッドロック
でもこの話題が取り上げています。
こちら
この報道には驚きと同時に
私は冷静に静かに頷きました・・・・。

中嶋ミチヨがサンミュージック退社…
芸能界引退はせず


千葉ロッテマリーンズのサブロー外野手(31)
の妻で元アイドル歌手のタレント中嶋ミチヨ(35)が、
12日付のブログで所属の大手芸能プロダクション、
サンミュージックを今月30日で退社することを発表。
平成12年に結婚後、
2児をもうけ主婦とタレントを両立してきたが、
「華やかな世界と普通の生活が
現実の中にあって、私の不器用さが出ました。
なんの恩返しもできないまま会社は退社しますが、
私が幸せになることが一番の恩返し」と
心境を吐露。芸能界引退はないとしている。

(14日付けSANSPO.COM記事より)


公式BLOGの該当記事はこちら

じつは私自身、二度程、
実際にお会いした事が有るんですよw

記憶を遡れば・・・・・

中嶋さんの歌手デビュー前
工藤静香さんの中野サンプラザでのコンサート
(だったかな?)で実際お会いしました。

(当時の芸名は中嶋美智代でした。)

そして新宿某会場での歌のイベントの時に
二度目のお会いしました・・・・・
(当然、握手をしてくれました・・・・・w)
当時は凄く可愛い人だったと記憶してますよw

(これは実話なんですマジで信じて〜〜wwww)

結婚して二人の子供を設けて
色々と有ったと思います・・・・。
そこに辿り着くのに想像も尽かない葛藤が
色々と有った事は言うまでも在りません。

本人も悩んでいた事でしょう・・・・・

今後は独立して芸能活動を続ける意向だそうです。
ゆっくりしたペースで続けて欲しいと思います。

まずは・・・・
心からエールをミチヨさんに送りたいと
私は心から思います・・・・。

焦らず・・・・
ゆっくりと・・・・。

一つ一つ、続けて行って欲しい。

心からあなたの前途に幸多かれ・・・お幸せに

参考サイト
中嶋ミチヨ オフィシャルブログ
前回、取り上げた
韓国出身の歌手である
桂銀淑さんの覚醒剤所持に拠る
逮捕に関しての裁判が昨日、
行われたそうです。

桂銀淑被告に懲役1年6月、
執行猶予3年…「即決裁判」適応


自宅で覚せい剤を所持したとして、
覚せい剤取締法違反罪に問われた
韓国出身の歌手、桂銀淑被告(46)に
対する初公判が21日、
東京地裁(楡井英夫裁判官)で
開かれ、懲役1年6月、執行猶予3年
(求刑懲役1年6月)の
判決が言い渡された。
桂被告は起訴事実を認め、
1日で公判が終わる
「即決裁判」が適応された。

桂被告は黒とベージュのストライプシャツ、
手に焦げ茶のコートと茶のマフラーを持って出廷。
両耳には大きな真珠のピアスをつけ、
かつて7回の紅白出場を誇った
“大御所”らしさも見せた。

起訴状によると、
桂被告は11月26日の逮捕時に
東京都港区の自宅マンションに
覚せい剤約0.47グラムを所持していた。
検察側は冒頭陳述で
「遅くとも平成16年ごろから
密売人から購入、繰り返し使っていた」
と指摘。月2〜4回の割合で吸引しており、
最近は覚せい剤を入れたパイプを火であぶり、
その煙を吸っていたという。

桂被告は時おりハンカチで
涙をぬぐい、被告人質問では
持ち前のハスキーボイスも途切れがち。
今後は芸能活動の再開を望んでおり、
「体調が悪いときに使うようになった。
家族、ファンの皆さまに申し訳ない。
これから、自分の姿を取り戻して
やっていきたいです」と反省を口にした。

(22日付けSANSPO.COM記事より)


執行猶予付きの実刑判決と言う事で
まずは即決裁判で結論の決着が
尽いた訳で後は薬物依存のリハビリ等を
続けながら自分自身の
罪に対する自戒を償う事でしょう。

前回記事でも書きましたが

罪を犯した本人には十分反省して
覚せい剤を断ち切って欲しいと
心から願いたいと思う。


私は心から裏切る事の無い様に
行動で示して欲しいと願いたい。
ファン達も同じ気持ちなのは
言うまでも無いでしょうか・・・・。

#2008年5月13日
AM06:45付け追記#

裁判後の今後が囁かれていた
本人の近況ですがここへ来て
大きな動きが・・・・・

桂銀淑のビザ延長拒否

昨年11月に
覚せい剤取締法違反で逮捕され、
懲役1年6月、執行猶予3年の
判決を受けた韓国人歌手・桂銀淑
(ケー・ウンスク=45)が
ビザ延長を拒否されたことが
12日、分かった。
朝鮮日報電子版が報じたもので、
この日帰国したとみられる。
韓国帰国後すぐに検察に召喚され、
取り調べを受けた後に入院し、
治療を受ける予定だという。

(5月13日付け
スポーツ報知Wbe記事より)


母国、韓国へ帰国して
薬物依存症の治療に
本人は専念するみたいですね・・・

今度こそ立ち直って
復帰して欲しい事を
願わずには要られません・・・。

BLOG関連記事
2007・11・28付け記事
まずはご報告です。

2005年6月25日のBLOG開始から
コツコツ積み重ねて連載記事が
お蔭様で通算100記事目を迎えました!

これも来訪者の皆様のお蔭様で御座います!

これに媚びる事無く
BLOGを通して日々の森羅万象を綴る
日記的コラムで在りたいと思います。

ただひたすら感謝・・・・・・。m(_ _)m

では本題w

この報道には逆に驚きました・・・・
まさか!?と思いましたが私も困惑してます。

歌手の桂銀淑容疑者、
覚せい剤所持で現行犯逮捕


覚せい剤を自宅に隠し持っていたとして、
韓国出身の人気演歌歌手、
桂銀淑(ケイ・ウンスク)容疑者(46)が、
関東信越厚生局麻薬取締部に
覚せい剤取締法違反(所持)で
現行犯逮捕されていたことがわかった。

同部が26日夕、
桂容疑者の東京都港区内の
自宅マンションを捜索したところ、
寝室にあった携帯灰皿の中や布団の下などから、
袋に小分けした覚せい剤計約0・6グラムと、
ガラス製のパイプ2本が見つかり、
その場にいた桂容疑者が
「自分で使うために買った覚せい剤です」と
容疑を認めたため、逮捕した。

寝室のゴミ箱に空の袋が捨てられ、
パイプに何度も使った痕跡があったことから、
同部では、桂容疑者が
覚せい剤を常用していたとみて
入手先を調べている。

公式ホームページなどによると、
桂容疑者はソウル市で生まれ、
韓国でのモデル活動などを経て、
1985年に日本で歌手デビューした。
「北空港」「すずめの涙」
などのヒット曲で知られ、
88年から94年まで
「NHK紅白歌合戦」に7年連続で出場した。

(27日付け読売新聞記事より)


本人も罪を認めている事とはいえ
残念としか言えません・・・・・

ただ・・・

何故?如何して?
覚せい剤に手を染めてしまったのか?
様々な理由は有るにせよ
犯罪だと自覚しなかったのか?

音楽を愛する代表の私も
悲しいとしか言えません・・・・。

しかし・・・

この不祥事を受けて芸能マスコミの中には
歌謡曲・演歌界全般の責任云々等の
批判報道に偏って煽る芸能マスコミも
必ずとは言えないが中には出てくると思う。

私から芸能マスコミの関係者達へ一言。

根拠の無い批判報道は自重して欲しいと
釘を刺したいと心から思う次第で在る。

最後に・・・・

罪を犯した本人には十分反省して
覚せい剤を断ち切って欲しいと
心から願いたいと思う。
遅ればせながら^^;

9月に入って最初の更新

・・・・・・・・・・なのですが

更新そうそう結婚の話題が飛び込んで来た。
安達祐実が結婚を発表したとの事だが
結婚のお相手は漫才コンビ、
スピードワゴンのツッコミ役担当
井戸田潤さんと今日入籍とか^^
しかもすでに妊娠中との話が・・・・・
私、ふと思いましたよ・・・・・・


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